「敗因と」 第4章 --- 七色 --- P.124 〜

P.124 〜 (文:金子 達仁)

ヒディンクへの質問と回答〕

(中略)

Q4、 ドイツ・ワールドカップでの日本代表を、オーストラリア代表監督だったあなたは、どのような評価をしていたのか?
A4、 日本代表は技術的に素晴らしい。戦術的にはやや守備的が基本。精神的強さは、オーストラリアのほうが決定的に強い。

Q5、 日本戦で想定していなかったところはあったか?それはどのようなところか。また敗北を覚悟した瞬間はあったか?
A5、 我々は試合の終盤になればなるほど力強くなることを知っていた。逆に日本は試合の終了間際に弱体化することも知っていた。

(中略)

エマートンを中央に持ってきたわけは?」
「オーストラリアチームの話か。なぜって、エマートンは右サイドでいい仕事をしているからだよ。攻撃力があるだろう?あいつを使うことで、相手のオフェンスの強い部分を封じ込めることができる。それが一番の理由だ」

「それは日本に対しての戦略上でということでしょうか?日本に対して、彼が中央にいることが有効であったと?」
「そうだ。エマートンはディフェンスプレーヤーだけど、攻撃がパワフルだから。でも相手に攻撃に出られたら、守備に回らされるでしょ。それは痛いよね。エマートンも、そういうことは好きじゃないだろう。オフェンスが強いやつは、ディフェンスは不得手なものなんだよ。そして、エマートンのようなパワーのあるディフェンダーがいて、相手が守りが不得手な場合、アタッカーが一人多めにいるということになる。そこに、意味があるんだ。相手のアタッカーを彼らが苦手な役割に押し込むんだ。意義はあったよ」

オーストラリア代表選手の中には、本来は右サイドでプレーするエマートンがセンターで使われたことに対し、はっきりと「驚き」を口にする者もいた。彼らにとっても、それが未知のシステムだったからである。

(中略)

「さほど攻撃力のないウィルクシャーを右サイドに使った理由は?」
「同じようなシチュエーションだね。彼はよく走るとてもモダンな選手だ。エマートンについての質問と同じような答えになってしまうけど、ウィルクシャーの場合、攻撃力はなくても走り惜しみしないミッドフィールドプレイヤーだから、相手としては追いかけて走り回るのに疲れてしまう。アタッカーというのは、大抵が攻撃のことばかり考えるもので、守るのは好きじゃない。こういう攻撃の弱みを攻めてやろう―――そこが戦略の練りどころだったんだ。守るほうではなくてね。繰り返すが、どうしても守るのが好きじゃない選手はいるものだよ。だから、そういう相手を守りに追い込むと、こちらはピッチ上に、常にアタッカーが1人余分にいる状態に持っていけるわけなんだ。相手は消耗することで弱くなる。そして、一度弱気になれば、攻撃の時にもゴールが遠くなり、さらに弱気になるものだよ」

そういうと、老眼鏡をかけたオランダ人は「してやったり」と言わんばかりの笑みを浮かべた。出会ってから、初めて見せる笑顔だった。

(中略)

「オーストラリアを相手にするならば、ブリティッシュ・スタイルの強力な3人シフトのディフェンスに対して2人のストライカーを持ってくるなんてことはしちゃダメなんだ。なぜなら、相手は強いんだから。そうだな・・・・・・、私だったらストライカーを1人にしてサイドから攻めるだろう。右から左から攻めるだろうね。ブリティッシュ・スタイル――――オーストラリアチームのスタイルはブリティッシュだったから、そういうディフェンス相手に力で真っ向から攻めるのは相手の思う壺ってことになる。ところが、そういうチームは左右に振られると、コーナーからコーナーへと走らされると、ダメなんだ。苦手なんだよ。だから相手の強いところ、弱いところを把握して、それに応じて方針を考えないといけなかったんだ。私たちはストライカーが2人で攻めてきたことに喜んでいたんだよ。あの試合、日本は2人のストライカーの布陣だっただろう。それを見たときは、『やったぜ!』って感じだったね」

「どんどんぶつかってこい!せめぎ合いはお手の物だ!そんな気分だったね。オーストラリアチームはガッツがあるし、フィジカル的にも戦略的にも、そういう戦い方はお手の物なんだ。ところが、一度違うところから揺さぶられると、『あれ?』となる。ぶつかり合いたいのに、ぶつかってくる相手がいない、、どうしたことだ―――というふうになるんだ。グラウンドの思ってもいないところから敵が入ってくるから」