「敗因と」 第3章 --- 確執 --- P.109 〜

P.109 〜 (文:木崎 伸也)

2002年大会の期間中にプールサイドで行われたバーベキューでは、中田浩二トルシエとともに中田英寿をプールに突き落としたことがあった。彼はこの無口な男とフラットに接することのできる数少ない人物なのである。ドイツ・ワールドカップに向けて、ボン合宿が始まると、ひとりぽつんとウォーミングアップしていた背番号7を見て、中田浩二はボールまわしの輪に誘った。

中田英寿も照れて、後ろで手を組んで遠慮がちにリフティングゲームに参加していたが、数分も経つと笑顔が出始めた。得意のノールックパスでいたずらするほどの余裕は見られなかったが、開幕を控えて、ついにチームのなかに入ってくるように見えた。
しかし----------。
そんなムードを中田英寿は自ら、土台からひっくり返してしまう。中田浩二でさえも、その発言だけは「何で?」と思わざるをえなかった。

ワールドカップ開幕を控えた6月4日、1−0に終わったマルタ戦後のことだった。日本はFIFAランキング125位の格下相手に、前半2分に玉田圭司が決めて先制したものの、その後はチャンスを外しまくり追加点を奪うことができなかった。ワールドカップ前の最後の親善試合だというのに。

試合後のミックスゾーンに現れた中田英寿は、目を鋭く細め、テレビカメラの前に立った。
「収穫はないですね。どういうプレーをするかという以前に、走らないことにはサッカーはできないのでね。その根本が今日の試合ではできなかった」
-------身体と気持ち、どちらの問題ですか?
「気持ちの問題です。それぞれが感じなければどうにもならない。僕は自分のコンディションを上げていくことだけに専念するだけです」

これで、すべては台無しになった。
中田浩二は、ため息を押し殺すようにして言った。
「僕らからすると、マルタ戦はそれほど悪い内容だとは思わなかったし、チームメイトにむけたコメントだったら、直接言ってほしい気持ちはあったかもしれない。しかも初戦にむけて雰囲気を上げていかなきゃいけないときだっていうのに。多少きつい部分はありますよね。ミックスゾーンを通ったら、中田英寿選手がこういうこと言ってましたけど、と聴かれるし、当然みんなの耳に入ってくるんですよ。俺はあんまり気にしないようにしてたし、まあ、いつものヒデさん流の戒めかなと思って聞き流してたけど」

(中略)

だが、中田浩二ほど割り切って考えられない選手もいた。そもそも、彼らは最初から中田英寿に対して親近感も持ってない。せっかく静まりかけていたヒデへの怒りがぶりかえした。
不穏な空気を、中田英寿は感じ取ってしまったのだろう。その後、中田浩二が誘っても、輪に入ることを拒むようになる。

「誘ってるんですよ、こっちは。常に誘ってる。でも、ヒデさんはボン合宿の途中からやらないって言って」

(中略)

日本代表の人間関係は、糸のように絡み合っていた。そんななか、中田浩二だけはその切れそうになる糸を最後まで放そうとしなかった。しかし、ワールドカップ開幕が迫っているというのに、多くの選手は糸をたぐりよせるのを止めてしまったのである。

ワールドカップ後、川淵三郎キャプテンは、ロイター通信のインタビューにこう答えている。
中田英寿は他の選手と交流を持つことができなくなっていた。他の選手から無視されることもあり、どうやって意思疎通を図っていいのか分からないと悩んでいた」

日本サッカー協会のトップが立場をわきまえずに、ひとりの選手を擁護するという行為の善し悪しは置いておくとして、この発言が中田英寿寄りであることに他の選手たちは傷ついた。

「俺たちがヒデを無視していたんじゃない。俺たちが無視されていたんだ」

ある選手は中田英寿という日本サッカー界の歴史人物に興味があり、彼から何かを得られないかと積極的に近づこうとした。だが、中田英寿は壁を作り、近づくことを許さない雰囲気を醸し出していた。

「あの人は、本当に独りが好きですからね。そんなに独りが好きなの?って思うぐらい独りですから。あれだけすごい人だから、もっと絡みたかったんです。でも、俺が積極的にいくのがウザかったみたいで。態度や空気でわかりますから。あれ、熱いのは自分だけ?(ヒデさんは)何で冷めてるんですか?って感じで。自分なりに、盛り上げなきゃ、と思っていたんですが・・・」

プライベートでは無口なのに、たまに言葉を発したかと思えば、それはチームメイトを斬りつけんばかりの鋭い要求だったりする。息がピタリと合ってなければいけないはずのFW陣との関係も、ギクシャクするようになった。

(中略)

ワールドカップ期間中に膨らみ続けたしこりは予想以上に悪性化し、中田英寿がブラジル戦後にピッチに横たわり泣いていた姿でさえも、人気取りのための演技だったと感じる選手もいた。大会終了後、FIFA公認のサッカー映画『GOAL!3』の一場面に、そのシーンが使われることが決まると、疑念はさらに大きくなった。

ワールドカップをヒデの引退に利用された、と。