「敗因と」 第1章 --- 愛憎 --- P.46 〜

P.46 〜 (文:戸塚 啓)

リトバルスキー
「自分の考えでは問題は中村ひとりにあったわけではないんです。ひとりぐらいコンディションの悪い選手がいても、何の問題もなかったんだ。ただ、オーストラリア戦とかクロアチア戦は、3人ぐらいの選手が機能していなかった。そうなると話は変ってしまう。ジーコが鹿島でプレーしていた頃なら、彼はずっと前に残っていても、サントスとか本田(泰人)がカバーしてくれていたからよかったんだ。ゲームを決められるようなスター選手を使うなら、そのために最低でも2人の選手が犠牲的なプレーをしないといけない。その周りを固めるべき選手が、うまく準備ができていなかったというか、フィットしていなかった。今回の日本のように、中村も中田英寿も高原もズタズタでは問題が起こるばかりだ。とくに70分を過ぎてからは、日本の選手はクタクタで身体が動いてなかった」

オーストラリアのグレッラは、試合中にこんな印象を抱いていた。
「最後の20分ぐらいは、みんなペースが落ちていたように思いますね。限界にきていたのかもしれない。僕がマークをしていた中村も、前半30分ぐらいまでは抑えるのが大変だったけど、そのあとはボールが回ってくることが少なくて、彼はゲームの外に追い出された感じになっていた。僕の仕事は楽になりましたよ」

ジェイソン・クリナ
「僕たちは体力のあるチームだから、絶対に90分プレーできる。でも、日本はそうじゃないことを知っていたよ。実際、1時間経ったら日本の選手は死んでしまったね。だから最後の10分で逆転できたんだ」

クロアチアダリオ・シミッチ (2006年ドイツ大会と98年フランス大会で日本と対戦)
「日本対オーストラリアを観たときに、オーストラリアの方がコンディションが整っているな、と感じました。日本に比べると確信を持ってプレーしていたから。実際に日本と対戦したときに僕が思ったのは、、ちょっと熱がないのかな、ということ。でも、日本はいいプレーをしていたから、0−0で引き分けたのは幸運だったと僕は思っているんです。ただ、何かが足りなかったですね。98年のチームの方が、もっと危険だった。攻撃的な気持ちは今回も感じたけれど、8年前のチームのほうがアグレッシブだったと思いますね。もっと強かったし、もっと熱かったし、もっと速かった。準備も今回よりできていたと思います」

ミカイル・ゲルシャコビッチ (2002年ロシア代表コーチ)
「メンバーは4年前とほとんど同じなのに、今回は全然モチベーションを感じなかった。2002年の大会は、自国開催だから勝たなければいけないというオーラのようなものが出ていたが、今回はまったくなかったね。2002年のチームなら、オーストラリアには勝っていただろうに」

ジーコが何も気がつかなかったわけではない。オーストラリア戦後の練習では、グラウンドに怒鳴り声が響いた。4年間で1度もなかったことだから、通訳の鈴木ははっきりと覚えている。
「いつもと違うなというのがすごくあって、ジーコが『今日は全然ダメだ』と。『まったく意欲が感じられない。何のためにこの練習をしているのか分かっているのか。草サッカーの世界大会に来ているんじゃないんだぞ。プロとして国を懸けてやっているんだぞ』というようなことを話したんですよ。それも、かなり語気を荒らげて」

オーストラリアに負けたことで、チーム内の意見の隔たりは隠しきれなくなっていた。
前から奪いにいくのか。一度下がるのか。そもそも、どこからボールを奪いに行くのか。複数の意見がぶつかりあうばかりで、結論に辿り着かない。

選手同士の話し合いで解決策を探し出すのは、ジーコがずっと言い続けてきたことである。だが、ジーコには意見がまとまるようには見えなかった。意思統一ができないために、個々のパフォーマンスも低下していた。声を荒げたのはそのためだった。

ジーコ
「何となく、何かが足りないんじゃないかなと思ったときはある。アジアカップのときは、ベンチがすごい勢いで盛り上げていた。チームが一丸となって、絶対にこの試合に勝つんだという空気があった。そういう感じが、ちょっとなかったんだ」

それでも不安は感じなかったとジーコは言う。
「彼らは修羅場をくぐっているから、絶対に大丈夫だと思っていた。自分は選手を信じていた。練習中のパフォーマンスが少し落ちていても、日によって調子が悪いというのはあるわけだし、自分が選んだ選手だから。翌日になれば気持ちをガっと盛り上げてくれて、いままでのように結果を出してくれるだろうと思っていたんだ」

「ワールドカップは勝つために行く場所だ。代表のユニホームを着ている誇りは、すべてに優るものだと私は思う」

それだけにジーコはブラジル戦がいまでも納得できない。
負けたからではない。アジアカップや最終予選で見せたメンタリティを、どこかに置き忘れてしまったことが信じ難かった。

「前半45分まではリードしていて、内容的にも悪くなかった。それが46分に失点だよ。日本のマイボールがだんだん後ろに下がってきて、川口が蹴って相手のスローインになった。そこからの失点だ。しっかりキープしなきゃいけない時間帯だ。練習では何度も確認していたことだ。一瞬の駆け引きが最後に響くことは、それまでの試合で何度も味わってきたはずなのに。でも、まだ後半が残っていた。可能性は残っていた」

だが、ジーコは非情な現実を見せられる。
「まるで負けが決まったように、シーンとしていたんだ。お葬式みたいだったよ」