「敗因と」 第3章 --- 確執 --- P.98 〜

P.98 〜 (文:木崎 伸也)

変わったのは周りの態度だけではない。代表にブランクがあったことが、中田英寿の周囲への接し方をひどくぎこちないものにしていた。
ボランチのパートナーである福西を、テレビカメラが撮影している目の前でどなりつけたこともある。反論の機会は与えない。一方的に、高圧的に、あたかもすべて自分が正しいんだというように声を荒げた。
のちに中田英寿はNHKのインタビューで、なぜチームメイトに暴言に近いほどの汚い言葉を浴びせ続けたかの真意を語っている。
「試合でコンチクショウと思いながらやるエネルギーになればと思って、他の選手にはとにかくこちらの意図を伝えました。みんなの気持ちを引き出すために、僕が考えてわざとやったことです。ケンカしながらじゃないですけど、むこうも『何だ?』っていうエネルギーが、ガンガン前に出るような感じがあったんで、非常にいい精神状況でやれたんじゃないかと思う」

(中略)

ある試合で、後半に退場者が出たときのことだ。ひとり少なくなったことの穴埋めで守備陣は手一杯になり、DFラインの裏への走りこみに対してボランチが戻らなければいけない状況になっていた。たまらず、DFのひとりが「さっきみたいな走り込みに対してはマークについて欲しい」と頼んだ。 すると中田英寿は突然、激昂し、咆えたという。
「お前がついていけばいいんだよ」
「いや、今は俺は他のマークについていたし、絶対無理です。だから、ついてください」
「はあ?俺はお前に気づいてるから言ってるんだぞ。分かってるのか?」
そのDFは思った。なぜ、平等な立場であるべきチームメイトに、一方的に怒鳴られなければいけないのか。ヒデには意見しちゃいけないっていうのか?あなたは王様なのか?

2005年のコンフェデレーションズカップではとうとうチームメイトがキレた。
メキシコ戦でボランチの位置に入った中田英寿があまりにもオーバーラップするので右MFの小笠原満男はそのカバーリングに追われていた。ハーフタイムに小笠原は中田に詰め寄った。
「もっと守備をしてくれ!」
人間関係の軋轢を嫌うジーコはずばやく仲裁に入り、「あまり前線に上がらないで欲しい」と中田英寿に頼んだが頼まれた側にしてみればフラストレーションの溜まる要求だったのだろう。
コンフェデレーションズカップのブラジル戦前日のミックスゾーンで、中田英寿はいつも以上に不機嫌にこう答えている。

「もう少し積極的に、勝ちにつながるようなプレーをしたいけど、守備のバランスを考えて、それをやりきれないところがある。チームの状態はいいけど、個人としてもっと結果をともなうプレーをしたい」
中田英寿は代表のホテルではルームサービスで食事を済ませることもあったという。ジーコは食事時間についても「何時から何時までの間に済ませればいい」と自由だったが、規律に厳しいトルシエ時代ならば絶対に許されない行為だった。ジーコは何も言わなかったが、違和感を憶えるチームメイトも多かった。
ひとりだけミックスゾーンを素通りするというスタイルも、些細なことではあるが反感を買った。

「なんで、あいつだけ特別扱いなんだ?」
普段なら何でもないような雨水でも、地表に小さな傷があると、土はえぐれ、大きな溝へと変化していく。
溝は深まるばかりだった。