「敗因と」 プロローグ --- 最期 ---

P.17 〜 P.20 (文:戸塚 啓)

会話の入り口を探るまでもなく、アドリアーノは語り始めた。
パルマで一緒にプレーしていたし、僕とヒデは友達ですから、彼のところへ行ったんです。トレーナーがひとりいるだけだったから、僕が行かなきゃと思って。あのときは練習中だったんだけど、パレイラ監督もなぜ僕がそういうことをするのか、すぐに分かってくれたみたい。ヒデは本当に落ち込んでいるように見えたし、すごく悲しそうだったし、実際に泣いていたし。僕の知っている彼は、あまり感情を表に出す人間ではないんです。あんなヒデは初めて見ました。本当に初めてです!だから、『もっと元気を出さなきゃダメだよ、また元気を出してやればいいじゃないか』って話しかけたんですよ」

「『人生なんてそういうものだよ、大変な日もあるのが人生だ』って言ったんです。『だからもっと強くなりなよ』って。彼は『うん、うん』って頷いてましたよ」

パルマでチームメイトだったときには、一緒に食事に行ったりしました。僕はヒデをすごく尊敬しているんだ。僕が困っているときには、適確なアドバイスをしてくれた。彼はいつもまじめにサッカーに取り組んでいました。あの試合だってものすごく走っていたし、自分ができるだけのことはやっていて、勝つためにすごく頑張っていました。結果はうまくいかなかったけれど・・・。でも、サッカーではしかたのないことですよね」

ところが、アドリアーノ中田英寿の引退を知らなかった。
「え、なんだって?サッカー選手を辞めた?代表じゃなくて?本当ですか?知りませんでしたよ、僕は」
「知ってた?」と広報に聞く。彼も「いや、知らなかった」と首を振る。
アドリアーノはしばらく黙りこんでしまった。
「それは残念ですね・・・。でも、彼がそういう決断をしたのであれば、それは尊重しないといけないですね。ワールドカップで日本がもっとうまくプレーできていれば、そういう決断はしなかったんでしょうか・・・・・・」

インタビューが終わると、アドリアーノは「ありがとう」といって右手を差し出してきた。
瞳が、潤んでいた。人気の少ないプレスルームには、彼の静かな声だけが響いていた。
「確かに、おかしいよね。チームはひとつのグループだからね。グループっていうのは、いつでもみんな一緒にいるものだと思うし、ひとりがどうにかなっていたら、誰かが一緒にいてあげたり、話をしたりしてあげるべきじゃないかな。そうすれば、相手はずっと気持ちが楽になるものだと思うよ。僕がヒデのところに行ったのも、一緒に話をして、彼が悪い感情を少しでも吐き出すことができたらいいと思ったからなんだ。友人や一緒にプレーしている人には、そういうことができるからね。チームメイトなら助け合わないといけないし、それ以前に人間としてもっといろいろなことができるんじゃないかな、と僕は思う」

アドリアーノの理性を激しく揺さぶったのは、最後に投げかけたこんな質問だった。
日本の選手たちが中田英寿のところへ行かなかったのは、変だと思いませんでしたか−−−。